中國語には日本語の「です」「ます」「れる」「お(ご)…」のような體系的敬語はない.「ない」「ありません」「ございません」はどれもである.
かつて多用されていた敬語語彙は,社會の変化とともに簡素化された.現代の中國語の敬語を考える場合,少し枠をひろげて丁寧表現や婉曲表現まで考慮する必要がある.
1 語彙で表現される敬語
現在でも書簡文や,年配の人たちの間で使われ,香港,臺灣,世界各地の華僑社會でも用いられている.
“寶,大,高,貴,令,賢,雅,尊,玉”など.
★ご家族/寶眷,府上
¶ ご令嬢「ごれいじょう」/令愛,千金
¶ ご令息「ごれいそく」/令郎
¶ おじい様/令祖父,老太爺
¶ おばあ様/令祖母,老太太
¶ ご主人様/掌櫃的,先生
¶ 奧様「おくさま」/太太,尊夫人,令夫人
★あなた/;[年上の人に]大兄dàxiōng;[年下の人に]賢弟
¶ 貴君「きくん」/兄臺,貴下
¶ 貴方「きほう」/貴方
¶ 貴誌「きし」/貴刊
¶ 貴校「きこう」/貴校
¶ 貴國「きこく」/貴國
¶ 貴社「きしゃ」/貴公司
¶ 貴店「きてん」/貴行,寶號
★お名前/貴姓,尊姓大名
¶ ご著書/大作
¶ 玉稿/玉稿
¶ ご意見/高見
¶ ご教示/雅教
¶ お考え/雅意
¶ お年「おとし」/[老人に対し]高齡;高壽
¶ 玉座「ぎょくざ」/寶座bǎozuò
¶ 雅號/臺甫táifǔ
¶ ご覧に入れる/臺鑒
¶ お體/貴體
“敝,小,賤,家,舍,愚,拙,鄙”などがある.
★わたくし/敝人,鄙人;[同輩に対し]小弟,小人;[年少者に対し]愚兄
¶ 父/家父,家嚴
¶ 母/家母
¶ 夫/拙夫
¶ 妻/賤內,內人
¶ 兄/家兄
¶ 姉/家姐,家姊
¶ 弟/舍弟
¶ 妹/舍妹
¶ 叔父/家叔
¶ 叔母/家叔母
¶ おい/舍侄
¶ めい/鄙侄女,鄙外甥女
★自分の考え/鄙見,愚見,拙見
¶ 自分の名/小名,賤名
¶ 私の姓/賤姓
¶ 私の病気/賤恙
¶ 自分の體/賤軀
¶ こちら/敝處,敝方,鄙處
¶ 小社/敝公司
¶ 拙宅「せったく」/敝舍,舍下shèxià;寒舍hánshè
¶ 駄作「ださく」/拙作
¶ 小誌/敝刊
以上の尊敬,謙譲の接頭辭のうち,謙譲語は現在用いられることが少なくなり,尊敬語も他の人稱代名詞で言いかえることができる.たとえば“令尊”は“您父親”と,“貴體”は“您的身體”と平行して用いられる.
“請,拜,祈,敬,奉,蒙,賞”などがある.
★お願いする/拜託,祈求,謹請
¶ 敬慕する/拜服,敬仰
¶ お訪ねする/拜訪,奉訪
¶ お供する/奉陪,敬陪
¶ おすすめする/奉勸
¶ お知らせする/奉告,敬告
¶ 差し上げる/奉送
¶ お返しする「お返しする」/奉還
¶ お待ちする/恭候
¶ ご返事する/奉復
¶ お伺いします「おうかがいします」/請問,敢問
¶ ご推察くださる/俯察
¶ おいでください/賞光,光臨
¶ お収めください「おおさめください」/賞收,笑納
¶ …していただく/承蒙
¶ お教えいただく/承教
¶ どういたしまして/豈敢
¶ どうぞ…してください/請……
¶ お蔭さまで「おかげさめで」/託福
¶ (相手によけてもらうとき)失禮します/借光,勞駕
2 呼びかけと敬語
一般に中國語の呼びかけは単に相手の注意を促すだけでなく,親しみや敬意を表すために用いられる.自分と相手の年齢の差や,親疎関係まで考慮に入れなければならない.中國語の敬語表現の中で,対人呼稱は大きな比重を佔めるといってよい.
a 名前がわかっているとき
特に親しい間柄なら姓名または名だけを呼び捨てにしてよいが,普通は姓に“老Lǎo,小Xiǎo”をつける.
★張(志明)さん/張志明;志明;[親しい同輩,先輩に]老張;[親しい後輩に]小張、歐陽、司馬などの二字姓複姓には“老”“小”をつけない.また“老”は目下の人に故意に用いると,からかう意味になる.
中華人民共和國成立後,中國人どうしではあまり用いられなかった“先生”“女士”“小姐”も,最近では用いられるようになっている.
★Mr.ジョーンズ/京斯先生
¶ ブラウン女史「じょし」/布郎女士
¶ Missスミス/史密斯小姐
¶ 張志明さん/張志明先生
¶ 鄭さん(女性)/鄭女士
¶ 陳さん/陳小姐(注:若い女性に使う.既婚・未婚を問わない場合が多い)
b 名前がわからないとき
“師傅”“先生”“小姐”“同志”などは相手の名前がわからないとき,単獨で呼びかけの敬語としても用いることができる.
子どもが大人を呼ぶときは,自分の兄や姉くらいの年格好の人でも父母の世代の“叔叔”“阿姨”と呼ぶほうが喜ばれる.
大人が子どもを呼ぶときは“小朋友”という.特定の集団に対して呼びかけるときはつぎのようなものが用いられる.
★皆さん/[やや改まって]諸位;[來客に向かって]各位來賓,各位朋友;[身內に向かって]同志們;[學生に向かって]同學們;[児童に向かって]小朋友們,孩子們;[村人に向かって]鄉親們;[外國人などに向かって]女士們、先生們
c 職業・職名による敬語
やや改まった呼びかけに“同志”を姓につけて呼ぶ言い方があるが,以前ほどは用いなくなった.それに代って“師傅”という呼びかけが労働者一般に対する敬稱として用いられるようになった.
上記の2語はどちらもたとえば「運転手さん」“司機同志”のように,職業名につけても用いることができる.姓のあとにつけた職名で“副〔付〕”がつく場合はこれを省くのが社交上の通例である.
★張(志明)さん/張(志明)同志;張師傅;[高齢の功労者に]張老
¶ 張社長/張經理,張董事長
¶ 張副主任さん/張主任
¶ 張先生/[恩師]張老師;[大學の先生]張教授;[醫者]張大夫;[代議士]張議員(同志)
職稱は多くがそれ自體敬稱ともなる.
★部長/部長
¶ 先生/老師,大夫,教授
¶ 恩師の奧さん/師孃,師母
一部のものは職名に“同志”“師傅”などを加える.
★郵便屋さん/郵遞員同志
¶ ボーイ(ウェートレス)さん/服務員同志
¶ 店員さん/售貨員同志
¶ 運転手さん/司機同志
¶ 車掌さん/[バスなどの]售票員同志;[汽車の]列車員同志
¶ (店屋の)主人/老闆
¶ 女主人/老闆娘
¶ 大工さん/木匠師傅
¶ 八百屋さん/賣菜掌櫃的,菜鋪老闆
d 親族名稱と敬語
相手を呼ぶとき,親族名稱を援用し,親しさと敬意を表すのも中國語の特色である.自分の屬する世代,年齢を考え,相手に自分より“輩數兒”(ジェネレーション)の高い呼稱を用いれば尊敬となり,反対に自分が相手より低い“輩數兒”を名のれば謙譲となる.
例えば,自分と同世代の男性は普通“大哥”と呼ぶが,10歳前後年上の男性には“叔叔”“大叔”,名前がわかっていれば“志明叔”のように呼んでもよい.
自分の父よりずっと年長の男性には“爺爺”,同年輩なら“大伯”“伯伯”“大叔”を用いる.女性の場合も同様に,同世代の女性には“大姐”,10歳年上の女性には“阿姨”(おばさん)と呼んでもよい.既婚者の場合は“大嬸兒”(父の弟の妻)と呼びかける.父母より年配の女性には“奶奶”“大娘”“大媽”(ともに年配の女性の意味)を用いる.
反対に自分を謙遜するときは“小弟”(私め)という.“你是我孫子”といえば「このろくでなしめが」といったののしり語となる.
3 丁寧な言い回し
敬語とは相手に対する心配りが出発點といえるが,中國でも近年,丁寧な言葉遣いを奨勵し,なごやかな人間関係をつくるキャンペーンが繰り広げられている.その主な內容は―“請(どうぞ),謝謝(ありがとう),對不起(すみません),哪裏(どういたしまして),您(あなた),位(人を尊敬して數える助數詞)”など,対人関係を円滑にする表現の習慣づけである.
★いらっしゃいませ,どうぞ中へ/您來了,請裏邊坐.
¶ すみません.あれを見せてください/師傅,請給我看看那個好嗎?
¶ はい,どうぞごらんください/好,您請看.
¶ すみません.他の店へいってみてみます.ご面倒をかけました/對不起,我再到別處看看,麻煩您了.
¶ どういたしまして.また,おいでください/沒關係,謝謝您,歡迎您下次再來.
また,語気を和らげるには語気助詞を用いたり,動詞を重ねるとよい.斷定を避け,相手の意向を問う言い方も,謙虛な表現となる.
★少しお待ちください/請等一等;請等一下;請稍等一會兒.
¶ 明日お會いしましょう/明天見.
¶ 別のに取り替えられますか/能不能換一下?
¶ お見せください/給我看看好嗎?
自分の意見を述べるときも,斷定を避け,自発的な行為は使役型で表せば婉曲的な表現となる.
★その案は賛成しかねます/我覺得〔看〕這個方案不好.
¶ 意見を述べさせてください/請允許我發表一點兒意見;請讓我發表一點兒意見.
¶ 報告いたします/讓我彙報一下.
¶ 明日,うかがってよろしいでしょうか/明天我去拜訪您,可以嗎?
また,省略した言い方を避け,完全な文の形で話すほうが丁寧な言い方になる.「おい」「ちょっと」式の呼びかけではなく,名前や親族名稱で呼びかけるほうが中國の習慣にかなうことは前述の通りである.
★張さん!どこへ行くのですか?/老張〔張師傅,張爺爺,張主任……〕!您去哪兒啊?